著作・作品

『これから猫を飼う人に伝えたい10のこと』(2015)

仁尾智(短歌・エッセイ) 小泉さよ(イラスト)

イラストレーター・小泉さよさんとのコラボ作品。2015年12月から2016年1月まで、東京キャットガーディアン大塚にて開催した展示を書籍化したもの。これから猫を飼う人も、現在猫を飼っている人も、その予定がない人も。

【取扱店】

※販売していただける書店、雑貨店、猫カフェなど募集しております。お問い合わせはこちらまで。

五行歌『ストライプ』仁尾智・森下雨音(市井社:2004)

猫短歌

  • ミルキーはママの味すら知らないで鳴いてた猫に名付けた名前
  • 里親を探すつもりの猫の名は「1」 愛着がわかないように
その他の猫短歌はこちら

猫以外の短歌

  • 笑っても泣いてもきょうで最後ならいずれにしてもあすは最初だ
  • わかるなよあなたにわかるかなしみはあなたのものでぼくのではない
その他の短歌はこちら

ドラえもん短歌

  • 自転車で君を家まで送ってた どこでもドアがなくてよかった
  • 僕たちが今進んでいる方向の未来にドラえもんはいますか
※『ドラえもん短歌』(枡野浩一・小学館)掲載作品

ッセイ

残された者になるのを前提に猫との日々を楽しんでいる

2018/2/22

猫の日である。
昨年末にいただいた質問と、自分の回答を読み返しては、考えている。

<質問>
去年愛猫を亡くし、娘のたっての希望で保護猫を迎えました。今の猫もずっと居てくれるわけではないし、逝ってしまう頃は娘も家にいないでしょうし、乗り越えられる気がしません。乗り越えていくには時間しかないでしょうか?

<回答>
僕は「猫との時間は『幸せの前借り』で、借りていた分は看取ることでのみ返済できる」と考えることにしています。時間のおかげなのかはわからないけど、ちゃんと悲しめば、ちゃんと乗り越えられると思っています。

回答の前半については、特に引っかかりはない。
「猫との時間は『幸せの前借り』だ」と考えている。考えているというか考えることにしている。そう考えないと、やってられない。

問題は後半だ。
本当にちゃんと悲しめば、ちゃんと乗り越えられるのか?
偉そうに答えているけれど、そもそも自分はこれまでの猫の死を乗り越えてきているのか? 乗り越えるって、どういうことだ?

何年も一緒に暮らした、大好きだった相手が死んでしまうのだ。そんなの辛くないわけがないよ。

平静を取り戻したように見えるのは、「衝撃的な出来事が起こった」というイレギュラーな状態から「常に悲しみがある」という状態に移行したに過ぎない。

それは「癒えた」とか「慣れた」とか「受け入れた」とか「乗り越えた」とかでは全然なくて、ただ「沈殿した」だけなのだ。
沈殿した悲しみには、意識的にも無意識的にも容易にアクセスできてしまって、ふとした拍子に顔を出す。
そうなるともう再び沈殿するまで、ただただやり過ごすしかない。

そういう、そういう確かに存在する吐くような悲しみに、できるだけ触れないように日々気をつけている。
「コントロールできるようになること」が、つまり「乗り越えた(ように見える)」ということだと思っている。
みんなそんなものだと思っている。

そして、この状態には、たぶん終わりがない。
時間は意外と何も解決してくれない。
でも、だからこそ、時間が解決してくれたように見えることは全部「時間をかけて、自分でどうにかしてきたことだ」と思っている。

それは、ねぎらっていい。みんな、自分をねぎらっていい。

「看取ることを前提に飼う」
「猫との死別は、耐えがたく辛い」
「時間は、何もしてくれない」

こんなきつい現実を踏まえてもなお、猫との暮らしは笑っちゃうほどおもしろい。

猫は、すごい。

その他のエッセイはこちら

↑ PAGE TOP